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ヨーロッパ

ザグレブってどんなとこ?旅行前に調べてみた

ザグレブってどんなとこ?旅行前に調べてみた
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この記事では

旅行前にその土地のことを調べてみたシリーズ、ザグレブ編です!クロアチアに行く前に見ておくと楽しめる書籍の紹介も。

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ザグレブってどんなとこ?

場所

ザグレブはクロアチアの首都で最大の都市です。国の北西部、サヴァ川沿い、メドヴェドニツァ山の南斜面に位置し、中央ヨーロッパとバルカンの交差点的な場所にあります。クロアチアは南にアドリア海があり、西にスロベニア、北にハンガリー、東にセルビア、南東にボスニア・ヘルツェゴビナと国境を接しています。ザグレブの標高は約122〜158 mほどです。

天気

ザグレブの気候は大陸的な性質を持つ温帯気候ではっきりした四季があります。夏は比較的暑く、日中の気温は25〜30℃前後まで上がりますが、極端な猛暑は少なめです。また、時折雷雨や降雨が見られ、降水量は多めです。冬は寒さが厳しく、最低気温が氷点下になることもあり、雪が降る年もあります。春と秋は涼しく過ごしやすく、気温は15〜25℃程度で、観光や長期滞在に最適なシーズンです。年間を通じて降水量は比較的均等です。

歴史的に覚えておきたいキーワード

中世クロアチア王国の成立

10世紀初頭、クロアチアは独立した王国として成立し、最初の王としてトミスラヴが即位、アドリア海と内陸を結ぶ重要な地域として発展しました。現在のザグレブ周辺もこの頃から司教座が置かれ、宗教・政治の拠点としての基盤が形成されます。

ハンガリーとの同君連合(1102年)

1102年、クロアチアはハンガリー王国と同君連合(個人連合)を結び、以後数世紀にわたり共通の国王を戴く体制となります。ここの体制は長く続き、ザグレブは地方行政と教会の中心として発展し、中欧的な都市文化の影響を強く受けるようになります。

オスマン帝国の脅威とクロアチアの防衛線

15〜17世紀、オスマン帝国がバルカン半島へ進出しました。クロアチアはキリスト教世界の「防波堤」として戦乱の最前線に立たされました。ザグレブ自体は大規模占領を免れましたが、防衛体制と軍事的緊張の影響が社会構造に深く刻まれ、この時代の経験は国家意識の形成にも大きく影響しました。

ハプスブルク支配下の中欧都市化

16世紀以降、クロアチアはハプスブルク君主国の支配下に入り、ザグレブはウィーンと結ばれた中欧的都市として発展します。この時代に都市としての行政・文化インフラが整い、19世紀には現在の街並みの礎が築かれました。

ユーゴスラビア時代と独立(1991年)

第一次世界大戦後、クロアチアはユーゴスラビア王国、のち社会主義ユーゴスラビアの一部となります。1991年、クロアチアは独立を宣言し、内戦を経て主権国家として再出発しました。ザグレブは新生クロアチアの首都として政治・経済・文化の中心となり、現在はEU加盟国の首都として安定した都市生活と観光の魅力を備えています。

ザグレブの有名観光地

聖マルコ教会

ザグレブ旧市街の中心に位置する13世紀建立の教会。最大の特徴は、色鮮やかな瓦屋根に描かれたクロアチア王国の紋章と、ザグレブ市の紋章です。内部は質素ながらも歴史的価値が高く、周囲には国会議事堂や政府庁舎が並び、政治と宗教の象徴的空間となっています。

聖マルコ教会(St. Mark’s Church)

Zagreb City Museum

ザグレブの先史時代から現代までを網羅的に紹介する博物館。模型、文書、映像を通じて都市の形成、ハプスブルク時代、独立戦争までを理解できます。旧市街に位置し、街歩きの前後に訪れると、ザグレブの歴史的背景が立体的に把握できます。

Zagreb City Museum

ザグレブ大聖堂

クロアチア最大級のゴシック様式の大聖堂で、街のシンボル的存在。13世紀に建設され、地震や戦争による破壊と再建を繰り返してきました。現在の双塔は19世紀の修復によるもの。内部には歴代司教の墓や宗教美術があり、信仰と歴史の重みを感じさせます。

ザグレブ大聖堂(Zagreb Cathedral)

ドラツ市場

ザグレブ市民の台所として知られる青空市場。赤いパラソルが並ぶ風景が有名で、新鮮な野菜、果物、チーズ、肉類などが並びます。観光地でありながら日常生活に根差した場所で、クロアチアの食文化や人々の暮らしを最も身近に感じられるスポットです。

ドラツ市場(Dolac Market)

ザグレブ技術博物館

科学技術と産業の発展を紹介する博物館で、ニコラ・テスラの名を冠しています。鉱山模型、蒸気機関、航空技術、電気実験の展示など体験型要素が豊富。子どもから大人まで楽しめ、クロアチアの技術史と工業化の歩みを分かりやすく学べます。

ザグレブ近郊の観光地

プリトヴィツェ湖群国立公園

クロアチア最古にして最大の国立公園で、大小16の湖と無数の滝が階段状につながる幻想的な景観で知られます。石灰華(トゥファ)によって絶えず地形が変化する点が特徴で、自然が「生きている」場所とも言われます。1979年に世界自然遺産に登録され、四季ごとに全く異なる表情を見せるのも魅力です。

プリトヴィツェ湖群国立公園(Plitvice Lakes National Park)

ザダル

アドリア海沿岸に位置する歴史都市で、古代ローマから中世、ヴェネツィア支配、現代までの層が重なった街。ローマ遺跡と中世の城壁が残る一方、「海のオルガン」や「太陽への挨拶」といった現代建築が共存します。サッカー界のレジェンド、ルカ・モドリッチの出身地でもあります。

ザダル(Zadar)

ザグレブ旅行前に見たい映画

ネレトバの戦い

第二次大戦さなかのユーゴスラビアでは、パルチザンの激烈な抵抗が続いていた。これに業をにやしたヒットラーは、ユーゴ・パルチザン壊滅の“ワイス作戦”を命じ、ローリング将軍(C・ユルゲンス)とイタリアのモレリ将軍(A・ドーソン)が指揮をとることになった。そして、これに売国奴議員(O・ウエルズ)が組織した部隊も加わり、大攻撃がなされ、やがて、クランツェ大佐(H・クリューガー)の巧みな戦術によってパルチザンの主力は後退をよぎなくされた。のべ三万のパルチザンと避難民を指揮するイバン(L・ローズマン)は、ダニカ(S・コシナ)との恋を内にかくしながら、戦っていた。彼等は砲兵軍のリーダーのマルチン(S・ボンダルチュク)や、工兵団のリーダーのウラド(Y・ブリンナー)、イタリア軍から加わったリバ(F・ネロ)の活躍によって、どうにか壊滅をまぬがれていた。しかし、厳しいユーゴの冬にとざされた避難民の中から、チフスが発生。看護婦ナダ(M・ドラビッチ)の献身的な努力で最悪の事態はまぬがれたが、彼女は病魔の犠牲になってしまった。そして、全力の抵抗にかかわらずネレトバ河流域に追いつめられたパルチザン軍は、唯一残された退路である、鉄橋を爆破してしまった。これをパルチザンの自殺的攻撃の予兆だと感ぐったドイツ軍は、背後の部隊を再編成させた。その虚をついて、パルチザン軍は仮橋を設ける作戦に出た。そして三万の人々は無事、解放軍に迎え入れられたのだった。

アザラシ
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ザグレブ旅行前に読みたい本

ユーゴスラビア現代史 – 柴宜弘

民族、国家、宗教、言語……。独自の社会主義連邦の道を歩んできたユーゴの解体から三〇年。暴力と憎悪の連鎖が引き起こしたあの紛争は、いまだ過ぎ去らぬ重い歴史として、私たちの前に立ちはだかっている。内戦終結から現在にいたる各国の動向や、新たな秩序構築のための模索などについて大幅に加筆。ロングセラーの全面改訂版。

アザラシ
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クロアチアの歴史を知るなら、周辺国とまとめてユーゴスラビア現代史は必須!

私の発明 – ニコラ・テスラ

天才発明家ニコラ・テスラの自伝。彼の生涯、交流電流システム、無線通信、テスラコイルなど、数々の画期的な発明のアイデアや背景、そしてエジソンとの「電流戦争」での葛藤などが綴られています。この本は、現代の電気技術の基礎を築いたテスラの思想と業績を知る上で非常に重要で、イーロン・マスク氏が尊敬する人物として現代にも影響を与えていることが分かります。

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アザラシ
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海外リモートワーク、海外移住、ワーキングホリデーなど、生の体験談を発信する、旅する愉快な鰭脚類。
趣味はごはんを食べること、お腹がすいたり眠くなると機嫌が悪くなる。
アザラシを中心に世界が回っていると思っている。
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